アルプス社『ALPSLAB』
http://www.alpslab.jp/
いわゆるIT業界では、ソフトやサービスが開発中である状態を「β版」と呼ぶ。これらβ版をインターネットで無料公開し、一般ユーザーからの反応を参考にしながら製品版へと発展させる手法が、最近のソフトウェア業界で流行している。中にはβ版なのに製品版顔負けの高機能なソフトを公開する企業もあり、新聞を含む各種メディアを賑わせることも多くなった。パソコン向け地図ソフト『プロアトラス』シリーズで知られる地図製作会社・株式会社アルプス社の『ALPSLAB(アルプスラボ)』も、そうしたβ版サービスを公開するためのサイトの一つだ。
『ALPSLAB』はインターネット地図サービスの新しい可能性を提案する実験サイトで、サイト構築にMovable Typeを採用している。Webサイトの構築にはサイト制作ツールを用いるのが一般的だが、『ALPSLAB』の構築にMovable Typeを採用したのはどういう理由があったのだろうか、コンシューマ事業部Webサービスグループの鋤柄(すきがら)ひかりさんに話を伺った。
『ALPSLAB』では、3月末現在、2つのβサービスが公開されている。「Staff blog」だけでなく、サイト全体をMovable Typeで構築している。
■小規模なプロジェクトにこそMovable Typeは有効
そもそも、なぜソフト開発会社は、製品として未完成なのにβ版を公開するのだろうか。アルプス社の場合、2つの理由があったという。1つは、開発中のサービスを一般ユーザーに利用してもらうことで、サービスの改善点を見つけ出すこと。もう1つは、β版から利用してもらうことで、新しいサービスへの共感を得て、正式版リリース後の販促プロモーションへつなげるということだ。どちらも重要なのは、ユーザーとのコミュニケーションだ。
しかしながら、『ALPSLAB』のスタッフは3月末現在で5人と、それほど多くはない。それだけの人数でサイトを構築し、さらにユーザーとのコミュニケーションを図るというのは、簡単なことではない。しかも、製品化が未定のプロジェクトなので、予算はどうしても制限されてしまう。「低価格であること、自分たちでサイトの立ち上げ、更新作業を行えるシステムであることが必須要件でした」と鋤柄さんは言う。
そこで『ALPSLAB』は、最初にテンプレートを作っておけば、あとはエントリーを書くだけでページを追加できるMovable Typeをサイト構築に採用することにしたという。数あるブログツールの中でMovable Typeを選んだのは、多くのサイトで採用されているスタンダードなシステムであることと、アルプス社がMovable Type用の地図プラグイン(『ALPSLAB』で公開中)を開発していたことが理由だったそうだ。
「システムの採用に当たっては、低価格、更新が容易という条件のほかに、何らかの形でユーザーとのコミュニケーションを図りたいという希望も持っていました。」(鋤柄さん)
単にβ版を公開するだけでは、なかなかユーザーの感想を得られない。よく街頭で新製品サンプルを配ったり、アンケート取っていたりすることからもわかるように、ユーザー側の意見を得るのはメーカーにとって想像以上に時間と費用のかかる作業だ。『ALPSLAB』がMovable Typeを利用したのは、インターネットで広く普及しているコミュニケーションツールであるブログならば、より低コストで質の高い意見を多く得ることが可能になるのではという期待があった。
その期待はうまく成果につながった。公開されたばかりのβ版を使用するユーザーは新しい物好きな人が多く、ほかのユーザーへ積極的に啓蒙しようとする傾向が強い。彼らの多くはブログを使っていることが多かったので、頻繁にブログ上で紹介されたという。また、『ALPSLAB』のサービス自体がブログで利用できるものなので、ユーザーのブログを見ることで、サービスの不具合や評価をチェックすることもできた。
HTMLをコピー&ペーストして、ブログやWebサイトに地図を貼り付けられる『ALPSLAB clip!』。Movable Type用のプラグインもある。
■β版をきっかけに新サービスのファンになってもらう
Movable Typeのコミュニケーション機能には、コメントとトラックバックの2種類があるが、『ALPSLAB』ではトラックバック機能を利用している。自身のブログがなければできないトラックバックのほうが、ある程度責任をもった感想・意見を得られるし、どんなタイプのユーザーがどういう反応をしているのか、簡易的にリサーチできるからだ。
「『ALPSLAB』では、お客様からトラックバックをいただきやすいような内容にすることを意識して制作していますし、毎日更新することで常に何らかの新しい情報をお届けするとともに、いただいたトラックバックには素早く対応することを基本姿勢にしています。また、『ALPSLAB』に対して意見や新しい企画を発信しているお客様のサイトを紹介するなど、お客様からの反応を積極的に活用するように心がけています。」(鋤柄さん)
例えばあるエントリーでは、ユーザーが見つけた簡単に地図を貼る方法を、そのユーザーのエントリーとともに紹介している。アンケート調査などでは、ユーザーの意見がどう取り扱われたのか見えてこないことが多いが、トラックバックで送られてくる意見を積極的に紹介することで、ユーザーの意見を取り入れていることを明らかにできる。自分の意見を採用されたユーザーは、開発に貢献したという意識を持ち、好感度を抱くものだ。ユーザーを開発の輪に取り込むことで、アルプス社製品のファンに成ってもらう、これが、先に述べた販促プロモーションとしての利用法だ。
ユーザーからのアクションを受け入れるだけでなく、それに対するすばやいレスポンスがあってコミュニティーは活気づき、さらに多くのユーザーを得る呼び水となる。「草の根的に知名度が広がっている手応えがある」とのことで、ユーザーとのコミュニケーションがうまくいっているようだ。
地図をドラッグするとスクロールできる『ALPSLAB base』。見ている位置にトラックバックを送ると、地図上にマーカーが配置され、自分のブログへのリンクが生成される。ユーザーが送ったトラックバック情報をRSSで受信することもできる。
■事例データ■
・Movable Type
・サイトを公開したのは:正式公開は2006年3月1日
・はじめた理由:開発したβ版サービスを公開し、ユーザーとのコミュニケーションを取るため
・制作を担当したのは:アルプス社社内
・何か手ごたえはありましたか?:いろいろなブログで紹介され、思った以上に好意的な評価を得られた。
(Blog On Business編集部)